2024年12月10日に開催された第23回社会保障審議会年金部会の資料を基に、被用者保険の適用拡大と、それに伴う「年収の壁」問題への対応について解説します。今回の記事では、特に短時間労働者や個人事業主における適用範囲の見直し、賃金要件や企業規模要件の見直し、そして第3号被保険者制度の今後の在り方に焦点を当てます。
被用者保険の適用拡大の見直し
今回の部会では、働き方の多様化を踏まえ、被用者保険の適用範囲をどのように見直すべきか、という点が重要なテーマとなりました。特に、短時間労働者と個人事業所における適用範囲について、以下の5つの要件を軸に議論が行われました。
労働時間要件
雇用保険の適用拡大に伴い、労働時間要件を引き下げるべきとの意見がありましたが、保険料や事務負担の増加という課題があるため、今回は見送られました。
賃金要件
賃金要件は、就業調整の基準として意識されており、最低賃金の引き上げに伴い、労働時間要件を満たせば賃金要件も満たす地域や事業所が増加している状況です。そのため、賃金要件について今後どのように考えるかが議論されました。
学生除外要件
就業年数の限られる学生を被用者保険の適用対象とすることには、実務が煩雑になるなどの意見があり、今回は見送られました。
企業規模要件
企業規模要件は、労働者の勤め先や働き方、企業の雇い方に中立的な制度を構築する観点から、撤廃する方向で検討されました。ただし、事業所における事務負担や経営への影響、保険者の財政への影響等に配慮した、必要な措置や支援策も検討する必要があるという意見が出ました。
個人事業所
常時5人以上の従業員を使用する個人事業所については、労働者の勤め先に中立的な制度を構築する観点から、非適用業種を解消する方向で検討されました。一方、常時5人未満の従業員を使用する個人事業所については、対象事業所が非常に多く、その把握が難しいため、今回は適用しないという結論になりました。
賃金要件に対する見直しの方向性
賃金要件については、最低賃金の引き上げにより、週20時間の労働で賃金要件を満たすケースが増えているため、撤廃しても良いのではないかという意見がありました。また、「壁」という言葉が、国民の誤解や就業調整を招く可能性があるため、8.8万円という数字をなくし、より簡潔なメッセージを発信すべきという意見も出ました。一方で、最低賃金の低い地域では、賃金要件を撤廃すると、年収の低い人の保険料負担が大きくなる可能性があるという懸念も示されました。これらの意見を踏まえ、以下のような方向性が提案されました。
- 賃金要件を撤廃する方向で検討する。
- ただし、最低賃金の動向次第では、週20時間の所定労働時間でも賃金要件を満たさない場合があり得るため、撤廃の時期には配慮が必要である。
- 最低賃金の減額特例の対象となる賃金が月額8.8万円未満の短時間労働者については、希望する場合に、事業主が申し出ることで任意に被用者保険に加入できる仕組みを検討する。
「年収の壁」問題への対応策
「年収の壁」とは、一定の年収を超えると社会保険料の負担が増え、結果として手取り収入が減少してしまう現象を指します。この問題を解決するため、労使間で保険料の負担割合を調整できる特例措置について議論が行われました。
保険料負担割合を変更できる特例に関する論点
- 労使折半の原則との関係で、制度を限定的に考える必要がある。
- 制度継続による就業調整の助長や、男女の賃金格差が改善されない可能性もあるため、慎重な検討が必要である。
- 中小企業への影響や配慮も必要である。
- 特例の対象者や範囲、適用条件を明確にする必要がある。
これらの論点を踏まえ、就業調整に対応した保険料負担割合を任意で変更できる特例案が示されました。
- 従業員と事業主の合意に基づき、事業主が従業員の保険料負担を軽減し、事業主の負担割合を増加させることができる。
- 特例の対象者は、最低賃金の近傍で就労し、被用者保険の適用に伴う「年収の壁」を意識する可能性のある短時間労働者とする。
- 労使折半の原則を踏まえ、時限措置とする。
- 同一等級の従業員間では負担割合を揃える。
- 等級ごとの負担割合は、事業所単位で労使合意に基づき任意に設定可能とする。
- 厚生年金保険料と健康保険料のどちらか一方、または両方に適用可能とする。
- 賞与についても特例の対象とする。
第3号被保険者制度に関する議論
第3号被保険者制度の在り方については、制度の維持、見直し、廃止など、多岐にわたる意見が出されました。
- 制度を維持すべきという意見がある一方で、女性の就労を阻害し、男女間の賃金格差を生む原因になっているという指摘も多く、将来的な廃止に向けて議論が進められる見込みです。
- 制度廃止にあたっては、現在の第3号被保険者の状況を十分に考慮し、段階的かつ経過的な措置が必要であることが確認されました。
- また、働きたくても働けない人への配慮や、育児・介護支援の充実といった、第3号被保険者に限らない支援策についても検討が必要であるとされました。
適用拡大に関する配慮措置と支援策
被用者保険の適用拡大を円滑に進めるため、以下の4つの観点から配慮措置と支援策を検討する必要があることが示されました。
- 準備期間の確保
- 積極的な周知・広報
- 事務手続きに関する支援
- 経営に関する支援
特に、中小企業や個人事業所に対しては、制度変更への理解を深めるための丁寧な説明や、事務手続きの簡素化、専門家によるサポートなど、きめ細やかな支援が求められています。
まとめ
今回の年金部会での議論は、被用者保険の適用拡大という大きなテーマに対する重要な一歩となりました。今後は、これらの議論を踏まえ、以下の課題について具体的な検討が進められる見込みです。
- 適用範囲の明確化
- 賃金要件の見直し
- 「年収の壁」対策
- 第3号被保険者制度の見直し
- 支援策の具体化
今回の議論を基に、今後の制度改正や運用が、より公正で持続可能な社会保障制度の実現につながることを期待します。